お百姓さんは偉い!・・・こけし人形「書いてご覧見てご覧」より   2000/11/27
 芋を掘った。

 生まれてこのかた四十年、一度も触れたことのない鍬を、がすっと地面に突き刺し、掘った掘った。掘りまくった。

 それは、ひょんなことから降って沸いた話だった。

 私は、常々ワンラブという障害児の親の会活動をしているのだが、このワンラブで年中バザーをやっており、季節がら今はクリスマスのリース作りをしている。リースと言うと、山から取ってきたツルで編むのが普通だが、なんせ町育ちなものだから、山へ入るのも恐ければ(虫が恐い)どれが適したツルだかも分からないわけで、もっぱら芋づるを編むことにしている。この芋づるも、息子の学校の花壇から引っこ抜かれたあとの残骸を、こっそりゴミ袋に入れて頂いてくるのである。

 その日は時間が押し迫っていて、ほんの十五分でもボーっとしているのは勿体ないと、息子を迎えに行ったスクールバスのバス停で車のトランクを開け、せっせと芋づるを編んでいたのだった。するとそこに、初老の男性が近寄ってきて、こう言うのだ。

「何をしとるの?」

「えっ?いや、芋づるを編んでね、こうやって、クリスマスのリースを作るんですよ。」

「ほうー。リースねえ。まだいるんかい?」

「ええ、まあ、あればいいんですけどね。」

 この時、私はなんだか得体の知れないおじさんだなあと、少し注意をしながら、目を見ずに話していた。ところが、おじさんはそんな私の心配など気づくわけもなく話しつづけた。

「欲しいなら、いっぱいあるで、やろうか?」

「はっ?芋づるですか?」

「おう、うちの畑にいくらでもある。」

 それから、色々と話しているうちに、おじさんはバス停の前にある病院で働いている庭師で、仕事がないときは自分の畑で野菜を作っているということが分かった。でも、家族が少ないので、作った野菜はほとんど人にあげてしまうそうだ。私は自分たちが重い障害をもった子どもを育てていて、このリースをバザーで売ること、施設を作るためにやっていることなど話した。すると、おじさんも少し心を開いてくれたのか、実は自分の次男も片マヒがある障害者で、今は遠くの施設に入っていると話してくれた。それからは、えらく話しがはずみ、実はその芋畑は家で飼っているうさぎが葉のついたツルを餌にしていて、うさぎのためだけに芋を植えているのだと教えてくれた。だから、芋自体は余ってしょうがないらしい。うさぎ一匹のために一面の芋畑?なんて豪快な話だろうと驚きつつ、私はずうずうしいと思いながらも、それなら子ども達に芋掘りをさせてもらえないか、と頼んでみた。おじさんは一瞬、う〜ん、と考えたようだが、すぐにいいよと言ってくれた。いつでも好きな時に来て掘っていっていい、ツルは葉の部分だけを残してくれれば後は全部持っていっていいよと言ってくれた。

 やったー。芋掘りだ。しかもタダで芋が手に入る。すごい。なんていいおじさんなんだろう。こんなに優しい人が世の中にいたなんて。しかもひょんなことから巡り会って、こんなに美味しい話しが舞い込んでくるなんて。私って、超ラッキー。やっぱり、日頃の行いがいいのかしらん。毎日頑張ってるご褒美かしらん。と、小躍りするほど喜んだのだが、おじさんが一瞬、う〜ん、と考えた意味は後になって分かったのだった・・・。

 そして、芋掘りである。

 今年の夏は雨が降らず、芋の成長が遅いということで、決行は十一月十八日となった。おりしも、こけし全国大会の前日である。

 当初予定の子ども達に芋掘りを、という案はあまりの寒さに却下されたため、友人と私、女二人でいざ畑に向かったのである。下はジャージ、上は四枚も着こんだ上に割ぽう着、頭にはほっかむり、手には軍手といういでたちで、うちのおばあちゃんに借りた鍬と鎌を持っていった。よっしゃ、いくで!と振り上げた鍬は、ひょろひょろと流れて妙な所に突き刺さる。随分と的が外れるのだ。あれ、むずかしいねえ。などと言いながらも、それがんばれと、振り上げる。私達のあまりのへっぴり腰に見かねたとなりの畑のおばさんが、あんたたち、大丈夫かね、こうやるんだよ、と芋の植わっている横の土を掘ることを教えてくれた。なるほど、そうか。よし、もう大丈夫。と再び、ざっくざっくとやり始めた。しかし、やっぱり狙いは外れまくり、あろうことか、大切な芋自体に鍬を振るってしまい、大きな芋が途中でざっくり千切れてしまうのだ。ああ、なんてこったい。だめだ、このままじゃ、芋がどれも台無しになってしまう。

 そこで考えたのは、ある程度土を掘ったら、あとは棒きれでやさしく土を掘り起こす方法だった。まとまって植わっている芋の周りの土を、棒きれでごすごすと少しづつ取り除いていく。自分でやりながら、うん?これはどこかで見た光景だぞ、と思った。考えてみると、よくテレビのドキュメンタリーでやっている、アフリカなどの原住民のやり方と同じではないか。そうか、人間の知恵って同じ所につながっているんだ、などと妙な感動を覚えながら、土にまみれ鼻水をすする私だった。

 日が暮れるまでに全部掘り出さねばと、二人は必死だった。土の中から恥ずかしげに顔を出した芋は、まさに紅顔の美少年という表情できれいだと思った。が、有機栽培のため、ミミズややたら大きないもむしが、ガンガン溢れ出す。ときおりドッヒャーだの、ウエ〜だのと声をあげながら芋と虫との挌闘の3時間だった。初めは、引っこ抜くたび途中で折れてしまっていた芋も、終わる頃には丸ごと引っこ抜けるぐらいにコツをつかんだ。そして、ダンボール三箱分の芋が取れた。

 

 終わった。はあ〜。障害児に芋掘りさせようなんて、甘かった。こんなに大変だとはね。おじさんが、一瞬考えたわけが分かったよ。うちの息子にできるこっちゃないね。スーパーに並んでる芋は、どうしてあんなに傷もなくきれいに掘れてるんだろう。私達のはどれも傷だらけだよ。やっぱ、お百姓さんはプロなんだね。すごいよ。私達とは違うよ。それにしても、しんどいわ。お百姓さんは、ほんとにえらいと思う。こけしの会員でも、相馬先生をはじめ畑をやっていらっしゃる方が多いけれど、しかも、私よりずーっと年上の方ばかりだけど、ほんとにすごいなあって思う。私にとっては、たとえ二十四時間でも障害児を介護している方が、なんぼか楽だわ。あー疲れた。

 そうしてこの夜は、ボロボロに疲れた体をお風呂で温め、布団に入るところりと眠ってしまった。翌朝、全国大会だー!っと飛び起きた私の体には激痛が走り、一瞬息が止まった。筋肉痛だ。全身痛い。くぅぅぅ〜。それでも行かねば、行かねばならぬ〜。ああ、よみうりランドへ辿りつくまでに、いったい幾つの階段を上り下りしなければならないのか。考えると余計痛いので、プルプルと頭を振りつつ、いざ、東京へと旅だったのであった。